遺言書があっても、それと異なる内容の遺産分割をすることができます

遺言書がある場合、法定相続人や受遺者らが話し合い、遺言書と異なる内容で遺産分割協議をすることができるのでしょうか。また、相続税以外に贈与税までかかったりしないのでしょうか?

一般的には、自分の権利を譲渡したり放棄することは自由であるため(私的自治の原則)、法定相続人や遺贈を受けた者(受遺者)らが全員同意するのであれば、(遺言にしたがって取得する権利を放棄した上で)改めて遺言書と異なる内容の遺産分割をすることも可能です。税務上も、遺言書による相続とは別の贈与、譲渡、交換などがあったものと認定して、相続税に加えて贈与税や所得税がかけられる可能性は低いといわれています。

ただし、以下のとおり、遺言執行者がいる場合には、状況が若干異なり、税務上も注意が必要となります。

遺言書で指定された遺言執行者が就任し、または家庭裁判所に遺言執行者が選任されると、相続財産の管理その他遺言執行に必要な一切の行為をする権利義務が遺言執行者に帰属します(民法1012条)。また、『遺言執行者がある場合』(※遺言書で執行者として指定を受けた者が「就任を承諾する前」もこれに含まれますが、「就任を承諾しなかった場合」はこれに含まれません。)には、相続人は、相続財産の処分その他遺言執行を妨げる行為ができないとされていますので(民法1013条)。そのため、遺言執行者がいる場合には、相続人らは遺言書と異なる内容の遺産分割協議はできないのではないか(無効となるのではないか)、という点が問題となります。

 

ですが、以下のような場合には有効となると考えられております。

①遺言執行者が遺言書と異なる内容の遺産分割協議について同意、追認した場合

遺言執行者は、遺言書の内容をそのまま実現できない場合やそれが適当でない場合には、遺言の趣旨を害さない範囲で相続人らと協議し、修正した内容で執行することもできるため、遺言執行者が同意、追認した場合には、その遺産分割協議も有効とされています。

②遺言の内容が特定の財産の遺贈(特定遺贈)である場合

特定遺贈については受遺者がいつでも放棄できるので、受遺者の遺贈放棄によって、遺言執行者において特定遺贈の執行ができなくなり、遺贈の対象となった財産は相続人らが共有する遺産に復帰し、改めて相続人らの遺産分割協議の対象となるため、遺言書と異なる内容の遺産分割協議をしているように見えても、遺言執行者の権限を妨げることにならず、有効となります。

(また、以上のような場合でなくとも、そもそも個人間での交換や贈与は当然自由なので、遺言執行者の同意、追認なしに遺産分割協議をしても、③遺言の内容を事後的に変更したものとして、その遺産分割協議が有効になる余地がある、ともいわれているようですが、この点は明確ではありません。)

 

税金面では、以下のように考えられるのではないかと思います。

①の場合、遺言執行者がいない場合(の「遺言書と異なる内容の遺産分割」)と状況があまり異ならないので、相続税に加えて贈与税や所得税がかけられる可能性は高くはないと思われます。

②の場合には、遺贈の放棄後、相続人らの遺産分割協議によって相続人らは遺産を取得したことになるので、相続税以外に贈与税や(譲渡)所得税が課される可能性は低いと思われます。

その他の場合には、税務署が、遺言執行者がいる限り遺言と異なる内容の遺産分割協議はできないので、それは「遺産分割協議」ではなく、遺言による相続後に「別個の交換、贈与」がなされたものと理解して、相続税に加えて、贈与税や所得税がかけられる可能性が理論上あることは否めないのではないかと思われます。税務署には、どのような結果で遺産が分割されることになったとしても、相続税の総額がきちんと支払われるなら厳密な法律論はあえて気にしない、それに加えて贈与税や所得税を重ねてかけたりはしない、という実務感覚があるように思いますが、上記のような課税の可能性が理論上はあることに一応ご注意を!