税金の法定納期限の経過後も、原因となった法律行為の錯誤無効を主張できる(3) 課税負担の錯誤と更正の請求

前回、課税の原因となった行為が無効であったとしても、その経済的成果が失われていなければ、課税処分を違法として取り消すことはできないこと、当該行為の無効に基因してその経済的成果が失われたか否かは処分時を基準に判断することについてご説明しました。

 

そのため、もし処分時以降に、無効であることを理由に経済的成果が失われたとしても、その課税処分は違法なものではないということになり、裁判で課税処分を取り消してもらうことができません。

 

本件でも、結局「納税告知処分が行われた時までに、本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張をして」いないとして、納税者は今回の最高裁判決によっては救済されなかったわけですが、それでは、課税処分後に経済的効果を消失させることで救済が得られる余地がないのかについて、もう少し場面を広げて考えてみたいと思います。

 

今回の裁判の事案は、給与所得の源泉所得税に関するものであり、前提として納税者の申告行為が考えられない事案でしたが(そのため更正の請求制度は使えません。国に対する不当利得返還請求などは別途考えられるかもしれませんが。)、もし納税者の申告によって税額が確定する申告納税制度を採用する税金(所得税、法人税、相続税、贈与性など主要な税金が該当します。)であった場合には、申告後に払いすぎた税金を取り戻すため国税通則法(以下「通則法」)23条に基づく更正の請求という制度が利用できるのではないかが問題となります。

 

申告書に記載した課税標準等若しくは税額等(更正処分等があつた場合には、当該処分後の課税標準等又は税額))の計算が税法の規定に従ってされていなかつたり、その計算に誤りがあったため、納付税額が過大となってしまっているときには、税務署に対して更正の請求を行い、税務署が納付税額が過大であると認めた場合には、減額更正をして税金を還付してくれることになります。

 

1.現在は、国税通則法23条1項に基づいて更正の請求ができる期間は、原則として法定申告期限から5年以内となっております(ただし、平成23年12月2日より前に法定申告期限が到来した所得税については、1年以内です。)。

 

したがって、課税負担の錯誤があって、その経済的成果を消失させた場合には、申告や更正処分における課税標準等・税額等の計算が税法の規定に従っておらず、またはその計算に誤りがあると認められ、納付税額が過大となってしまっていると考えられるので、原則として法定申告期限から5年(または1年)以内であれば、通則法23条1項に基づいて更正の請求ができることになるはずだと考えられます。

 

もっとも、課税負担の錯誤については、これを理由に更正の請求を認めると、租税法律関係を不安定にする、納税者間の公平を害する、申告納税制度の趣旨に反するなどの理由で、これを認めず、あるいはこれを制限する考えや裁判例があります。

例えば、東京地裁平成21年2月27日判決は以下のように述べて、課税負担の錯誤については更正の請求ができる場合を限定しています。

「原則として,課税負担又はその前提事項の錯誤を理由として当該遺産分割が無効であることを主張することはできず、例外的にその主張が許されるのは,分割内容自体の錯誤との権衡等にも照らし,①申告者が、更正請求期間内に、かつ、課税庁の調査時の指摘、修正申告の勧奨、更正処分等を受ける前に,自ら誤信に気付いて、更正の請求をし、②更正請求期間内に,新たな遺産分割の合意による分割内容の変更をして、当初の遺産分割の経済的成果を完全に消失させており、かつ、 ③その分割内容の変更がやむを得ない事情により誤信の内容を是正する一回的なものであると認められる場合のように、更正請求期間内にされた更正の請求においてその主張を認めても上記の弊害が生ずるおそれがなく、申告納税制度の趣旨・構造及び租税法上の信義則に反するとはいえないと認めるべき特段の事情がある場合に限られるものと解するのが相当である」

 

 

2.また、23条1項の更正請求期間(現在5年)を経過した後であっても、課税負担の錯誤による経済的成果の消失について、①通則法23条2項1号〔判決等の場合〕、または②23条2項3号・通則法施行令6条1項2号〔解除・取消しの場合〕に該当する場合には、更正の請求をすることができることになります。

これらの条文の内容は、後記の【参考条文】をごらんください。

 

しかし、①通則法23条2項1号〔判決等の場合〕による更正の請求については、課税負担の錯誤による無効を認める判決があっても、申告当時と異なる事実関係が生じるわけではないなどの理由で、同号による更正の請求が認められるかは争いがあります。

なお、当事者が専ら納税を免れる目的で、真剣に争わずになれあいによって得た判決、当事者間であえて事実とは異なる事実を確定させた判決などのいわゆる「なれあい判決」は、同号の「判決」に含まれないものとされていますので、この点も注意が必要でしょう。

 

また、②通則法施行令6条1項2号〔解除・取消しの場合〕による更正の請求については、同号に取消、解除は定められているものの、無効が含まれていないなどの理由により、そもそも同号(・通則法23条2項3号)に基づく更正の請求ができるかは争いがあるところです(裁判例も結論が別れています。)。

 

 

以上によると、これまでの裁判例や学説の状況をみるかぎりは、課税負担の錯誤があって、その経済的成果を消失させたとしても、通則法23条1項又は2項に基づく更正の請求による救済が確実に認められる保証はない状況にあるのではないでしょうか。

今後の議論の進展、判例の積み重ねが待たれるところです。

 

 

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【参考条文】

通則法23条2項(抜粋)

2 納税申告書を提出した者又は第二十五条(決定)の規定による決定を受けた者は、次の各号のいずれかに該当する場合(納税申告書を提出した者については、当該各号に定める期間の満了する日が前項に規定する期間の満了する日後に到来する場合に限る。)には、同項の規定にかかわらず、当該各号に定める期間において、その該当することを理由として同項の規定による更正の請求をすることができる。

一 その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき  その確定した日の翌日から起算して二月以内

二 〔略〕

三 その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき  当該理由が生じた日の翌日から起算して二月以内

 

通則法施行令 

第六条 法第二十三条第二項第三号(更正の請求)に規定する政令で定めるやむを得ない理由は、次に掲げる理由とする。

一 〔略〕 

二 その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと。

三 以下〔略〕